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わたしに似すぎている彼女は、 子どもを児童相談所に奪われた

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わたしに似すぎている彼女は、
子どもを児童相談所に奪われた

わたしに似すぎている彼女は、 子どもを児童相談所に奪われた
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わたしに似すぎている彼女は、
子どもを児童相談所に奪われた

ある「虐待母」を訪ねて 〜名古屋にて 柳美里
1、http://s01.megalodon.jp/2009-1207-2000-00/g2.kodansha.co.jp/?p=1835
2、http://megalodon.jp/2010-0113-2053-50/g2.kodansha.co.jp/?p=1835&page=2
3、http://megalodon.jp/2010-0113-2054-33/g2.kodansha.co.jp/?p=1835&page=3
4、http://megalodon.jp/2010-0113-2055-11/g2.kodansha.co.jp/?p=1835&page=4
5、http://megalodon.jp/2010-0113-2055-43/g2.kodansha.co.jp/?p=1835&page=5
6、http://megalodon.jp/2010-0113-2056-21/g2.kodansha.co.jp/?p=1835&page=6



わたしに似すぎている彼女は、
子どもを児童相談所に奪われた

ある「虐待母」を訪ねて 〜名古屋にて 柳美里
1、
似ている。

そう思って、違うところを見つけようとしたが、どうしても同じところに目がいってしまう。

彼女もわたしも素っぴんで、口紅ひとつ引いていない。

彼女はソバージュ、わたしはストレートという違いはあるけれど、髪の長さは同じくらい。

若いころは痩せていたけれど、最近肥ってきたという体型も背格好も、同じくらいだった。

わたしは、彼女と同じ型のワンピースを何着も持っている。

開襟で、二の腕が隠れるくらいの袖で、ウエストが共布のベルトで絞ってあって、ふわっと広がったスカートはふくらはぎが隠れるくらいまである。宮崎アニメの主人公が着ているような、シンプルで少女らしいシルエットのワンピース—。

色と柄は、違う。

わたしがピンクベージュの無地で、彼女が黄色地にペンギン—羽をひろげたり、尻餅をついたり、よちよち歩いたり—ありとあらゆる姿態のペンギンが百羽以上プリントされている。

わたしはペンギンを見ながら、彼女と話をすることになった。

彼女の第一声は「笑ってください」だった。話の途中で繰り返し「もう、笑ってください」と言って乾いた笑い声をあげた。

2、
そして、家族のことを訊ねるたびに、「現家族ですか? 元家族ですか?」と訊き直すのが印象的だった。

彼女は、昭和四十三年十一月二十三日に、名古屋市内で生まれた。
(わたしも、同年の六月二十二日に生まれた)

父親は大工、母親は専業主婦、彼女は四人姉妹の末っ子で、長女とは十一歳も離れている。

住まいは六畳二間の長屋だった。

夕食が済むと、父親は居間の真ん中に布団を敷いて横たわり、母親と四人の姉妹は、布団を囲むかたちでテレビを観なければならなかった。

娘たちの成長とともにさすがに手狭になり、同じ長屋にもう一部屋借りて、三人の姉たちはそちらで寝起きすることになったが、末っ子の彼女は父母といっしょに寝起きをした。
「テレビの映像のように」憶えていることがあるという。

家計は常に火の車だったために、母親は内職をしなければならなかった。彼女が五、六歳のとき、母親が庭先で木を削っていると、帰宅した父親が、縁側から母親の頭を蹴りつけた。自分の稼ぎで遣り繰りせずコソコソと内職している妻が許せない、という理由だった。

もう一つの映像も同じころだ。父親に殴られて机の下に逃げ込んで泣いていると、「いつまで泣いてるんだ! 泣くなッ!」と、大工道具の大きな物差しで滅多打ちにされる—。泣くことは痛みに対する当然の反応であるにも拘らず、父親はさらなる折檻によって痛みを禁じたのだ。

彼女が中学三年のときに、父親の会社が倒産し、父親は家族を残して蒸発する。

しばらくして、福井の実家に帰っていることが判明し、家族は福井に転居することになる。

彼女は地元の工業高校を卒業すると同時に上京し、板橋区の会社(総務課の事務職)に就職する。

二十一歳のときに最初の妊娠をする。

相手は社内の男性だった。

彼女は、好きなひとができて付き合ったら結婚する、という漠然とした目標を持っていた。

妊娠と結婚のことを社内の先輩に相談すると、「え? 彼ってあの子と付き合ってたのに……」と社内の女性の名前を告げられ、ショックを受けて混乱した彼女は、剃刀で手首を切って自殺をはかる。

結局、その男性とは別れ、中絶手術を行い、僅か二年半で東京を去ることになる。

彼女は「父親に連れ戻された」と言う。

3、
「直接は言ってないんですけど、まわりまわって父の耳にはいったんです。父は、娘たちにそういう問題が起こると、獲物を見つけたハンターみたいに飛んでくるんですよ。長女が結婚して問題が起きたときも、とにかく首を突っ込んでくる。世話を焼くっていうよりは、揉め事に血が騒ぐっていうか、不幸話が大好きなんですよ」

そのころ、父親はタクシーの運転手をしていた。

ふたたび両親の家で暮らしながら、職業訓練校で一年かけて簿記とワープロの技術を身につけるが、「アルバイトだったり、正社員だったり、事務だったり、営業だったり」と転々と職を変え、スナックでバイトしていたときに、三つ歳上の客(電気の配線工)と付き合うようになる。

結婚しよう、とプロポーズされるまでに時間はかからなかった。彼女は花嫁としての体面を気にしてスナックを辞め、保険会社の外交員となる。

ところが、結婚直前に、SMクラブにはまっている(マゾだ)ということを告白される。

彼は「浮気ではない。悪いことではない」と自分の性癖を正当化し、彼女も「愛しているんだから受け容れなくちゃならない」といったんは我慢しようとするのだが、どうにも我慢できなくなり、「もう、SMはやめる」と彼に宣誓させて婚姻関係を結ぶことを決意する。

一九九六年、結婚。

しかし、四ヵ月後に、やはりSMクラブに通っていることが発覚する。

家を飛び出して姉の家に世話になったが、やり直そうという彼の提案に応じて話し合い、「仲直りをした」夜に妊娠してしまう。

一九九七年、長女誕生。

ほんとうは長女を保育園に預けて職場に復帰したかったのだが、「お金を搾り取らないと、SMクラブに行ってしまう」と思い、夫から渡される月々二十万で生活をする専業主婦の道を選ぶ。

彼女は、完全母乳で子どもを育てた。

長女は夜泣きなどの問題がない育てやすい子どもで、「離乳食への移行も、すんなりとクリアできた」という。

最初の違和感は、長女に後追いされたことだった。夜、トイレに行ったときに、長女が布団から抜け出し、ハイハイで追いかけてきたのだ。怖くなって、母親に電話をすると、「昔はオンブして家事もやったんだから」と、まともに取り合ってくれなかった。

初めて手を上げたのは、長女が歩きはじめた一歳前後のときだった。

長女をチャイルドシートに乗せて自転車を漕いでいると、長女がハンドルに引っ掛けていた傘を車輪に突っ込んでしまった。傘は折れた。まだ使っていない新品の傘だった。自宅に帰った彼女は、長女を叩いた。いくら叩いても収まらない怒りに恐怖をおぼえた彼女は、夫の会社に電話をして、「殺しちゃうかもしれないから、すぐ帰ってきて!」と訴えた。仕事を中断して帰宅した夫は、「傘なんて、また買えば済む話じゃないか!」と彼女を責め立てた。

4、
彼女は保育園の先生や保健師に「娘に手を上げてしまうのをやめられない」という悩みを相談したが、「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と励まされるだけで、だれ一人具体的な対処法を教えてはくれなかった。

相談できる「ママ友」もいなかった。「公園デビュー」という言葉があるのは知っていたが、怖くて、だれもいないのを見計らって行っていた。

「一度、だれもいない砂場で遊ばせていたら、十一時ぐらいにウワーッと三十人ぐらい母親がバギーを押して近づいてきて、お砂場にぐるっと輪っかになって、笑ったりおしゃべりしたりして……怖くなって、逃げ帰りました」

長女への「虐待」はエスカレートしていった。

「もう、殴るも蹴るも、全部やる。物を使って叩くとか、お腹の上に乗るとか……」

「虐待」の理由は、たとえば、昼食にサンドイッチを拵えて出すと、長女がパンをめくってハムだけ食べるとか、衣食に関わるささいなものだった。

「靴を左右反対に履くとかあるじゃないですか。わたしは、反対だよって注意するんですけど、彼女はどっちが右で、どっちが左だかわかんなくなって、パニックになって、泣きわめく」

わたしも、息子が靴の左右を間違えることをヒステリックに指摘しつづけたことがある。

「わたしは、靴をくっつけて、靴の先がそっぽを向いたら反対、前を向いたら正解って教えたんですけど、なかなかおぼえてくれませんよね」と、なるべく静かな口調で語りかけた。

「わたしは『自分で考えろ』と教えられてきたんです。だから、どっちが右で、どっちが左でなんて教えられない、教えちゃいけない気がしたんです。『反対だよ』ってことしか言えなくて、『反対! 反対!』って頭に血が上って、娘がパニックになって泣き出すと、後ろから頭を殴りつけるみたいなね。わたしは、優しいお母さんやお父さんが許せないんですよ。転んだ子どもを抱きあげて、砂がついた膝をパンパン払ってあげるっていう仕草が、もう許せない。世間一般、どこのだれだろうが、許せないんです。自分の責任で転んだ、自分の責任で怪我をした、だから泣くなんておかしい」激しい内容を語っているにも拘らず、彼女の声は河口の流れのようにのっぺりとしていた。

長女と二人でファミレスに行ったとき、彼女はお子様プレートをなかなか食べ終えない娘に、怒りをたぎらせたという。

「ずっと口の中でモゴモゴしてるんですよ。わたしはイライラして、口に入れた食べ物をどう飲み込むかをうまく説明できない。娘はゴックンするってことがわからない」

帰宅した彼女は「なんで、さっき食べなかったの!」と長女を叱りつけ、泣き出した長女の頭を何度もひっぱたき、てのひらが痛くなったので、手元にあったスプレー缶で殴りつけた。角が当たって頭から血が出た。病院に連れて行くと、縫う必要がある、と診断された。「どうして、こんな怪我をしたの?」と医者に訊ねられ、「スプレー缶で殴ったからです」と彼女は正直に答えた。

妻が子育てで苦しんでいるあいだも、夫はSMクラブ通いをつづけていた。

5、
帰宅して娘を風呂に入れる夫の裸体を見ると、S嬢に針を刺された乳首が一センチぐらいの大きさに腫れあがっていた。

彼女は、「乳首を小さくする手術を受けろ!」と夫を責めるようになる。

夫は精神科に通院するようになり、家裁に離婚の申し立てを行う。

彼女は調停の場で、「SMは我慢するので、離婚はしないでほしい」と懇願し、夫が申し立てを取り下げるかたちで終了する。

そして、「仲直りをした」夜に、三度目の妊娠をする。

二〇〇三年、長女が六歳のときに、長男が誕生する。

彼女は母親に「子守にきてほしい」と頼むが、「お父さんが駄目だと言うから、行けない」と断られ、以来離婚が成立するまでの三年間、実家とは没交渉になる。

長男への「虐待」も、やはり一歳前後からはじまった。

「下の子に、凄い暴力をした翌日、保育園に預けたら、児童相談所に通報されて連れてかれちゃったんです。きっと、児相に証拠写真とか撮られたと思う」

「凄い暴力というのは、どんなことだったんですか?」と、わたしは彼女のワンピースの胸のあたりで腹ばいになっているペンギンを見た。

「保育園の先生におむつがなかなかとれないことを相談したら、『Bくん、もう一人でトイレできますよ』と言ってくれたんで、紙おむつをとってみたら、失敗したんですよ。わたしはすごい一生懸命、『おしっこする? トイレ行ってみる?』って訊いたんですけど、遊びたい一心で漏らしちゃった。わたしはおむつがとれないことを悩んで相談してるのに、『もう一人でトイレできますよ』なんて軽々しく言ったその先生にも腹が立って……わたしは女だから、男の子のおしっこをどう教えればいいかわからなくて、普通は男親が教えてくれるのに、全然教えてくれない夫にも腹が立って……」

彼女は、おしっこで下半身を濡らした長男の服を脱がせて、「ぶって、抓って、痣ができるまで抓りまくって……」

聞いていたわたしは、怒りに自分自身の意志を折り取られてしまう母親の痛苦と、幼い罪人のように容赦ない罰を与えられる子どもの痛苦のあいだを行ったり来たりしているうちに、自分の内に二人いる「母親」と「子ども」の感情が堰を切って溢れ出しそうになるのを感じた。

「あの、お子さんの好きなものは?」わたしの声は弱々しく、べたついていた。

と、それまで自分の凄まじい「虐待」の様子を淡々と淀みなく語っていた彼女が口を噤み、眉間に皺を寄せて「う〜ん」と苦しげな唸り声をあげた。

「なにが好き……」

「上の娘さんだと、たとえばお人形とか、アンパンマンのアニメとか」

「なにが好き?……なんだろ?……」

「この絵本がお気に入りとか」

6、
「あぁ、絵本……小鳥の表紙で、言葉がすごく少ないんで、全部おぼえられるぐらいの絵本で、シリーズになってて……あの絵本はよく読みましたね。自分で言うのもなんなんだけど、わたし読むの上手だったから、娘は、よく笑ってましたよ」自分の記憶に励まされ、彼女の声が俄かに活気づいた。

わたしは、表紙の絵を彼女に描いてもらった。

彼女は、小鳥の顔の丸い輪郭を描き、二つの翼を描き、二本の肢を描き、山形の眉を描き、くちばしを描いたが、目だけは描かないで、ボールペンを置いた。

小鳥の顔の表紙で、シリーズになっている絵本と言ったら、偕成社から出ている、きむらゆういち(木村裕一)さんの「あかちゃんのあそびえほん」しかない。

ことりの ピイちゃんが やってきて……
とん とん とん
「こんにちは」

わたしも『ごあいさつあそび』や『いいおへんじできるかな』や『ひとりでうんちできるかな』や『いないいないばああそび』など全シリーズを揃えて、毎晩、赤ちゃんだった息子に読み聞かせをした。

「本は『読んで』って言われれば、いつでも読んでましたね。図書館で借りてきたことが多いんですけど……あぁ、お人形は、ぽぽちゃんを持ってました、赤ちゃんのお人形ですね……」

「好きな食べ物は?」

「好きな食べ物……なんだったかなぁ……嫌いな食べ物だったら、いくらでも挙げられるんですけどね……」

「なにが嫌いだったんですか?」

「味噌汁ですね。保育園の七夕の短冊に『おみそしるをすきになれますように』って書いてあったんですよ。わたしがたぶん怒ったからだと思うんですけど……」

おぼえたての平仮名で短冊に願いを書く小さなてのひら……

「あぁ、好きなもの……娘はブランコが好きでしたね……公園に行けばかならず『ブランコ押して』って……」

彼女は、また口を噤んだ。そして、自分の表情を閉ざそうと、顔に力を入れた。

「子どもと離れて三年……思い出すと辛いから……封じ込めてる部分があるんです……わたしが子どもにした酷いこと、嫌なことはすぐに思い出せるんですけど、楽しいことは……たぶん楽しかったこともたくさんあったとは思うんですけど、う〜ん、思い出さないように努めているんですよ……やっぱり思い出すと、苦しくなるから……」

彼女は顔から表情を締め出すことに成功した。それ以外に、悲しんで苦しんでいる剥き出しの顔を隠す方法がなかったのだ。

彼女の顔は閉ざされた。

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by office-nekonote | 2009-12-07 20:04 | | Comments(0)


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