第5回 続・児童虐待 柳美里 PART1

続・児童虐待 柳美里
第5回
わたしと息子の現在
〜万引き、虐待、あと五ヵ月で起こる事態
1、http://megalodon.jp/2010-0126-0102-59/g2.kodansha.co.jp/?p=3168

2、帰りが遅い息子は、その時何をしていたか
http://megalodon.jp/2010-0126-0103-59/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=2
3、http://megalodon.jp/2010-0126-0104-39/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=3
4、http://megalodon.jp/2010-0126-0105-25/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=4
5、http://megalodon.jp/2010-0126-0106-11/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=5
6、家裁で審判を受けたわたしの盗癖
http://megalodon.jp/2010-0126-0107-01/g2.kodansha.chttp://g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=3o.jp/?p=3168&page=6
7、母は生活用品を盗み、父は犬を盗んだ
http://megalodon.jp/2010-0126-0107-54/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=7
8、http://megalodon.jp/2010-0126-0109-01/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=8



続・児童虐待 柳美里
第5回
わたしと息子の現在
〜万引き、虐待、あと五ヵ月で起こる事態
1、http://megalodon.jp/2010-0126-0102-59/g2.kodansha.co.jp/?p=3168
どういうときに、わたしは息子に声を荒らげ、手を上げてしまうのか—、やはり、いちばん激昂するのは、嘘を吐かれること、騙されることだと思う。

嘘を暴き立て、「嘘吐き!」と叱りつけ、嘘を吐くのはいけないことだと説き伏せたところで、嘘を吐くのをやめるわけではないことを、わたしはよく知っている。そもそも子どもは嘘を吐くものだし、常に親の意に適う行動をし、親の命令に喜んで従い、親が禁止したことは素直にやめる子どもなんて、この世に一人もいないだろうし、もしいたら、気持ち悪くて吐き気がする、ぐらいに思っているのだが—、怒りは「知っていること」と「思っていること」を撥ね除けてわたしの前に飛び出し、息子に向かって突進してしまう。
残念ながら「知性は感情の支配する領域には手が届かない」(アリス・ミラー『魂の殺人 親は子どもに何をしたか』)のであり、自分は自分の感情の外に立つことはできない—。

しかし、それも、いいわけの一つに過ぎず、もしかしたら、親という立場を利用して(教育や躾という血の通わない杖に凭れかかって)家から逃亡することができない九歳の息子を感情の捌け口にするという卑劣極まりない行為をしているのかもしれない、と息子を罵倒したり折檻したりしたあとにはかならず自己嫌悪に陥るのだ。
「子どもを教育すればその子は教育を学ぶのです。子どもに道徳のお説教をすればその子は道徳を説教することを学びますし、戒めれば戒めることを学びます。子どもをののしれば子どもはののしることを学び、嘲り笑えば嘲笑することを学びます。子どもを傷つければ子どもは人を傷つけることを学び、子どもの魂を殺してしまえば、子どもも殺すことを学ぶのです。そうなったとき子どもにはただ殺す対象に関して選択の余地が残されるだけです。自分を殺すか、他人を殺すか、それとも両方か」(同前)

2、帰りが遅い息子は、その時何をしていたか
http://megalodon.jp/2010-0126-0103-59/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=2
ある日、わたしは息子におつかいを頼んだ。

息子は、おつかいが大好きなので、黒い革表紙に金のペイントマーカーで「ランヤ本部手帳」と書いてあるスケジュール帳に、嬉々としてメモをしはじめた。

あいにく財布には五千円札しかなかったので、「お釣り、ちゃんと持って帰ってきてよ」と念を押して、自転車にまたがる息子を「気をつけて行ってらっしゃい」と門のところまで見送った。

息子の帰りは遅かった。

寄り道をしているのだろう、と思って仕事をしていると、門が開くギーッという音が聞こえた。

仕事を中断し、汗だくになっているであろうTシャツを着替えさせようと、新しいTシャツを用意して玄関で待っていたが、家の中にはいってくる気配はない。

窓から外を覗くと、金魚を飼っている水甕にビニール袋を逆さにして何かを放しているではないか—。

わたしは、慌てて外に飛び出した。

水甕の中には、二ひきのアブラハヤと一ぴきのニシキゴイの稚魚が泳いでいた。

3、http://megalodon.jp/2010-0126-0104-39/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=3
「なんで、頼んでないものを買うのさ! しかも、生き物じゃん! 生き物を飼ったら、生きさせる努力をしないといけないんだよ! 飼い主としての責任が生じるんだよ! だいたい、ハヤとかコイを水甕で飼えるわけないじゃんか! あっという間に大きくなって、水甕からジャンプして死んじゃうのが落ちだからね!」

(バーベキューの金網をかぶせた上に煉瓦をのせたので、飛び出すことはなかったのだが、真夏の水温上昇に堪えられなかったのか、ある朝覗いてみたら、三びきいっぺんに腹を見せて浮いていた)

息子が上体を捩ってサツキの植え込みを盗み見たのを、わたしは見逃さなかった。

植え込みの中には、BB弾に詰める火薬と鉛玉の袋が隠してあった。

「これは、危険だから、買わない!って言っただろうがッ! いったい、いくら使ったんだ? お釣りとレシート出してみろッ!」

息子は歯軋りをしてわたしの顔を睨みつけ、ポケットの中で何かを握りしめた。

「出せッ! 十秒数えるあいだに出さないと、ぶっ叩くぞッ! いち、にい、さん、し……」

息子は、突然ギャーッと絶叫して、植え込みに倒れ込んだ。

玄関から出て、わたしたちのやりとりを見ていた彼が、植え込みの中を指差した。

「泣き真似しながら、土になんか埋めてるッ!」

4、http://megalodon.jp/2010-0126-0105-25/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=4
彼と二人で調べてみると、土の中からジップロックにはいった大きな自然銅(鉱物)の玉が出てきた。五千円の値札シールが貼ってある、雪ノ下にあるパワーストーンショップだ、包装されていないということは—、

「あんたッ! 万引きしたの?」

息子はありったけの声を振り絞って泣き叫び、泣き声の風圧でよろめくように二、三歩後退った。悲しみを誇張し過ぎたB級ホラー映画の女優じみた泣き方が、癪に障った。

「謝ってきなさいよッ!」

「イヤだ!」

息子は泣きながら、じりじりと後退しはじめた。

「イヤでもなんでも、盗ったものは返しに行かなきゃいけないだろうがッ! 許してもらえるかどうかわかんないけど、謝んないといけないだろうがッ!」わたしは息の詰まった早口で喚き散らし、後退って門の鉄格子に背中を押し付けている息子の頭を、平手で思いっ切りひっぱたいた。

「痛いよぉ! 痛いよぉ!」

門の外を、同級生のKくんとお母さんが自転車で通り過ぎたのが見えた。

斜向かいに住む老人も様子を窺うために、ガレージに出てきた。

児童相談所に通報されると厄介なことになるので、近所に聞こえるように声を張り上げた。

5、http://megalodon.jp/2010-0126-0106-11/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=5
泥棒ッ! 万引きは泥棒なんだからねッ! 謝りに行かないと、学校に言いつけてやるッ!」

「学校に言うのはやめてよぉ……」

「早く行けッ!」

息子は、首でも絞められたような大袈裟な咳をして、しゃがみ込んだ。

「じゃあ、警察だッ! 警察に突き出そう! 泥棒は少年院に入れられるんだからねッ!」

門の格子にしがみつく息子の腕を叩いて門の外に引き摺り出した。

「謝ってくるまで、家に入れないからなッ!」

家の中にはいって鍵を閉めた。

怒りの余り体が震え、船酔いのような吐き気がした。壁に手をついて網戸の窓から外の様子を窺うと、「ついてってあげるから、正直に謝ろうね。さぁ、行こう」と宥め励ます彼の声とともに息子の泣き声が遠ざかっていった。

わたしは、サンリオショップで万引きをして、父親に「ムチ」で打ち据えられた後に、全裸で真冬の公園に置きざりにされたことを思い出した。

6、家裁で審判を受けたわたしの盗癖
http://megalodon.jp/2010-0126-0107-01/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=6
あのとき、わたしは、九歳だった。無意識のうちに、自分が九歳のころに受けた痛苦と恥辱を、九歳である息子に与えようとしているのだとしたら—。

何故、わたしは、息子といっしょに謝りに行かなかったのだろうか?

あのときの恥辱が蘇るのを怖れたから?

どんなに悪いことをしても、どんな嘘を吐いても、絶対に謝らずに「ムチ」の痛みに堪えた「子ども」が、わたしの内に息づいているからだろうか?

わたしの盗癖は、家を出ても直らなかった。

十八歳のときに、三歳下の妹を誘って(妹も、やはり十五歳で高校を中途退学した)デパートに行き、防犯カメラや防犯ミラーの死角を狙ってボストンバッグがいっぱいになるまで衣料品や宝飾品を盗み、デパートの外へ出たところで万引き監視員の女に、バッグの取っ手を捕まれた。

逃げようとしたら「泥棒!」と髪を引っ張られ、少林寺拳法黒帯の妹が跳び蹴りを食らわせたが、監視員の女はわたしの髪から手を離してもバッグからは決して手を離そうとはしなかった。

「泥棒ッ! 泥棒ッ! 警察呼んでくださいッ!」と女が叫び、足を停める通行人が一人、二人と増えていったので、「逃げろ!」と妹に声を掛けて、走って人込みに紛れたものの、鞄の中には財布があり、財布の中には、わたしの外国人登録証明書がはいっていた。父親か母親に通報されるのは時間の問題なので、同棲していた東由多加を電話で呼び出し、いっしょに交番に出頭してもらった。

7、母は生活用品を盗み、父は犬を盗んだ
http://megalodon.jp/2010-0126-0107-54/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=7
わたしと妹は、家裁で審判を受ける羽目になった。調査官との面談はばらばらに行われ、盗みの方法などに食い違いが生じると、同じことを何度も繰り返し訊ねられた。裁判官による処分の内容は、「盗みの手口は巧妙で悪質、初犯じゃないのは明らかだし、監視員の女性に暴力を振るっているから窃盗ではなく強盗だ。本来ならば、少年院送致が妥当だけれど、深く反省している様子だから、今回は保護観察処分ということにするが、再犯したら、少年院に送致する」というものだった。

母は生活用品を盗み、父は犬を盗んだ

しかし、わたしは、反省も後悔もしていなかった。十五歳の妹に性体験の有無を執拗に訊ねた調査官に憎悪を募らせ、「バレたら面倒なことになる」ということは思い知らされたが、もし少年院に送致されて自由を奪われることになったとしても、自分はこの社会に適応することも隷属することも服従することもできない、という反抗心で全身を硬直させていた。

調査官や裁判官には黙っていたが、盗癖は親譲りだった。

母に連れられてデパートに行き、母の指示の下に売場の隅に積んである梱包済の羽布団を姉妹で担いだこともある。母は母で、右手にフライパン、左手に大きな鍋をぶらさげていた。

「いい? 堂々とするのよ。こそこそしたり、店員の顔を見たり、やましいような素振りさえしなけりゃ、べつにバッグや服に隠さなくったってバレやしないんだから」
わたしたち母子は、閉店の音楽が流れるフロアをゆっくりと歩いた。売り子たちはショップの入口に立って「ありがとうございました、またどうぞお越しください」とていねいに頭を下げてくる。

わたしたち母子は「堂々と」デパートの正面玄関から外に出ることに成功した。

8、http://megalodon.jp/2010-0126-0109-01/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=8
母が盗んだのは生活に関わるものが多かったが、父が盗んだのは自転車、犬、植木—、いつもワイヤーカッターや金鋸や金槌やたがねなどの七つ道具を持ち歩き、高そうな自転車を見つけると、チェーンロックを切って乗って帰ってきた。

父は「新しい自転車」を持ち帰るとかならずフレームに書いてある赤の他人の名前をベンジンで消し、母に家族の名前を油性マジックで書き込むように命じた(韓国で生まれ育ち、十四歳のときに日本に密航してきた父は、日本語の読み書きができない)。六人家族だったが、自転車は十台以上あった。

犬は、よその家の庭を覗き、純血種の洋犬を見つけると、留守を狙って鎖をはずし、散歩を装って家に連れ帰った。

ある日、学校から帰ると、狭い玄関に大きな犬がお座りをしていた。
「いい犬だ。ポインターといってね、イギリスの猟犬だ」

犬はひと晩中、玄関扉の前から動かず、キューンキューンと切ない鳴き声をあげたり、ウォォォンウォォォンと遠吠えをしたりした。

「あなた、やっぱり返してあげましょうよ」
と、母は言ったが、

「一ヵ月経てば、元の家族を忘れる。唾を舐めさせればなつくんだ」と、てのひらに自分の唾を吐いて、無理矢理犬に舐めさせた。

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by office-nekonote | 2010-01-26 01:09 | | Comments(0)


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