第5回 続・児童虐待 柳美里 PART2

続・児童虐待 柳美里
第5回
わたしと息子の現在
〜万引き、虐待、あと五ヵ月で起こる事態
9、父が盗んだ鉢植えで家の屋根は覆い隠された
http://megalodon.jp/2010-0126-0111-47/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=9
10、http://megalodon.jp/2010-0126-0112-47/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=10
11、http://megalodon.jp/2010-0126-0113-43/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=11
12、http://megalodon.jp/2010-0126-0114-31/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=12
13、http://megalodon.jp/2010-0126-0115-39/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=13
14、http://megalodon.jp/2010-0126-0116-28/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=14
15、http://megalodon.jp/2010-0126-0117-16/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=15
16、http://megalodon.jp/2010-0126-0117-59/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=16
17、http://megalodon.jp/2010-0126-0118-55/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=17
18、http://megalodon.jp/2010-0126-0119-45/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=18



続・児童虐待 柳美里
第5回
わたしと息子の現在
〜万引き、虐待、あと五ヵ月で起こる事態
9、父が盗んだ鉢植えで家の屋根は覆い隠された
http://megalodon.jp/2010-0126-0111-47/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=9
父は、一巻に一犬種ずつ取り上げている世界の全犬種図鑑のパートワーク(分冊百科)を専用バインダー十冊分揃えていて、パチンコ屋が休みの日には飽かずに眺めていた。

(今、思い出した。父がいちばん飼いたがっていた犬はドーベルマンだった—。四年前、警察犬訓練所から生後二ヵ月のドーベルマンの子犬を譲り受けた。いつから、わたしは父の願望の檻に囚われているのだろうか? わたしと父にも、自分と他者という境界があるはずなのに、何故その境界を乗り越えて、父の願望はわたしの内にはいり込んだのだろうか? わたしは父の影なのか? わたしは父の代理人なのか?)

犬よりも自転車よりも、盗んだ点数が多かったのは、鉢植えだと思う。

わたしが十歳のとき、父は廃屋のような一軒家を手に入れた。屋根も外壁も青色の錆びたトタンで、狭く汚い家だったが、初めての「借家」ではない「マイホーム」だった。

深夜、父は愛車のクラウンで高級住宅街を流し、家族が寝静まった家々の玄関先や庭先にある鉢植えを物色するようになった。父が探していたのは、大輪の花を咲かせるダリアや牡丹や石楠花や一輪菊だった。

我が家には、庭はなかった。あるのは、車一台分の駐車場スペースだけだった。父は、他人の家から盗んできた鉢植えを家の外壁に沿って並べていったが、場所が無くなると、屋根に梯子を取り付けて、屋根の上に鉢植えを並べはじめたのである。

一年も経たないうちに、我が家のトタン屋根は植物で覆い隠されてしまった。

10、http://megalodon.jp/2010-0126-0112-47/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=10
父は動物の餌や排泄などの世話は一切しなかったが、植物にはいかなる手間も惜しまなかった。朝夕の水やりを欠かしたことはなかったし、雑草抜きや植え替えなども面倒がらずにやっていた。調子に乗ると、ときどき大きな声で韓国語の歌(「他郷暮らし」や「故郷の春」や「ミオミオミオ」)をうたっていた。怒っているときも笑っているときも虚ろな父の目が、植物の世話をしているときだけは輝いていたような気がする。

そして、父と母との唯一と言ってもいいであろう共通点が、「植物好き」だったのだ。

来年で、父と母が別れて三十年になる。

現在母は、かつて愛人だった男と不動産屋を営んでいて、一階を店舗、二階を住居、屋上を庭園(母いわく「秘密の花園」)にして、ガーデニングを楽しんでいる。

わたしも、植物が好きだった。

チューリップの赤い花を炎のようにそっと両手で包み込んでいる古い写真がある。

歩きはじめたばかりのころだ。

花を毟らず、触れもしないで、ただ眺めていることが多かったわたしを「やさしい子だな」と母は思ったらしい。

しかし、同じころに、飼っていたウサギの目を指で突いて潰してしまう、という残忍なことを仕出かしたそうだ。

ウサギを追いかけるわたしの写真もある。

11、http://megalodon.jp/2010-0126-0113-43/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=11
赤い目をした真っ白なウサギだった。

片目の潰れたウサギがどうなったのか—、父や母に訊ねたことはない。

訊ねるのは、怖い。

何故なら、わたしが犯した人生で初めての罪だからだ。

わたしは、ウサギの目を潰した罰を受けていない。

おそらく、ウサギはわたしの罪を背負って、処分される、という罰を受けたのであろう。

わたしと息子が「ランヤ」でいられなくなるとき

植物熱が再燃したのは、いくつかの文学賞を受賞した二十代後半のときだった。文学賞を受賞すると、出版社や知人や友人などから洋蘭の鉢が贈り届けられる。花が落ちたら棄てるのは酷薄な気がして、『洋ランの育て方のコツ』という本を購入して世話をしたところ、毎年かならず見事な花を咲かせてくれるようになった。

伴侶だった東由多加は自宅に客が訪れるたびに、「四年前にもらった蘭なんだって。柳さんが咲かせたんだよ。すぐ枯れる蘭を、スゴイでしょう? 蘭がこんなに可憐な花だとは思わなかったよ」と自慢げに語っていた。

東は二〇〇〇年四月二十日にこの世を去った。最後の一時帰宅のときに、デンドロビウム・ノビル系の白い花が満開だった。東はその鉢の前に、止まり木で羽をふくらませる鳥のような格好でしゃがみ込み、何も言わずに、ただ花を見詰めていた—。

12、http://megalodon.jp/2010-0126-0114-31/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=12
きっかけは、それらの蘭だったのだと思う。

息子は五歳のときから「ランヤ本部長」を名乗り出し、クリスマスや誕生日には玩具ではなく洋蘭を買ってほしい、とねだるようになった。

小学校にあがってからはお小遣いやお年玉を貯めては、開花期が終って半額以下になった洋蘭の鉢を買ってくるようになった。

花屋の店員と親しくなったこともあって、サービスでもう一鉢もらったり、『趣味の園芸』や洋蘭関係の本で得た知識で、株分けや高芽取りや茎挿しを行って、新しい素焼き鉢や駄温鉢に植えつけ、二年前に二百鉢を超えてしまった。

同じころ、わたしは棄て犬・棄て猫をつぎつぎと我が家に迎え入れていた。

洋蘭は熱帯・亜熱帯に分布する植物なので、寒さには滅法弱い。戸外栽培ができる春から秋にかけては問題ないのだが、秋冬の鉢の置き場に困った。犬猫が歯や爪でイタズラをするので、同じ空間には置けないのだ。思い切って、「ランヤ」の温室を庭の片隅に設置することにした。

完成すると、「ランヤ本部長」は温室に入り浸るようになった。

一年後の六月、わたしは二階のトイレで飼っていた二羽の文鳥の籠を温室に移した。

ひとり餌も飛行も上手になり、くちばしもピンクになり、アイリングも色づき、生後六十日ごろからはじまった換羽も終了して、尾羽もすべて成長羽に生え替わった。

13、http://megalodon.jp/2010-0126-0115-39/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=13
そして九月一日—、そろそろ籠から出して、温室の中を自由に飛びまわれるようにしてやろう、と計画していた矢先だった。

文鳥は死んでしまった。

文鳥は「ランヤ」の温室の中で死んだのだ—。

わたしと息子が「ランヤ」でいられなくなるのは、息子によって怒りの感情を呼び覚まされるときだ。

嘘を吐かれる、騙される以外にも、息子に勉強を教えているときに、その危険が高まるので、同居している彼と相談して、息子の勉強を他人に見てもらおうということになった。
十一月六日、我が家で、家庭教師派遣会社の「教育プランナー」が、息子の「カウンセリング」を行った。「カウンセリング」のあとに、最適だと思われる教師を選考して紹介するということだった。
わたしは、一切口を挟まないで、「教育プランナー」と息子のやりとりを聞いていた。

「きみの生活パターンっていうのは、大きく分けて、家、小学校、塾の三つだね。じゃあね、家にいるタケハルくんがいまーす。小学校にいるタケハルくんがいまーす。塾にいるタケハルくんがいまーす。どこにいる自分が一番カッコイイ? どこにいる自分が一番好き?」

「う〜ん……どこだろ?」

「どこにいるときが一番楽しい? タケハルくんは、どこにいたいのかな?」

「小学校かなぁ」

14、http://megalodon.jp/2010-0126-0116-28/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=14
「小学校かぁ。小学校にいるときが、一番って感じだ?」

「うん」

「二番目は? 家にいると、お母さんがうるさいから塾がいいって子も多いよ、ふふふふふ」

「う〜ん……」

「家と塾、どっちだろ?」

「そしたら、塾かな?」

「あぁ、塾が二番ね」

「うん」

「じゃあ、家は三番。うん、さぁ、なんでなんだろう? それぞれを思い起こしたときに、ここはこんなところがいいから一番なんだ。ここはこういうところがあるから二番なんだ。ここはちょっとアレだから三番なんだって、タケハルくん、考えてみてくれるかな?」

「うーん……」

「じゃあ、まず、小学校での自分」

「そうだなぁ……友だちと遊べることかな?」

「友だちだぁ。きみにとっては、小学校に仲良しがいるってことがポイントになってるんだね。じゃあ、二番、塾は?」

15、http://megalodon.jp/2010-0126-0117-16/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=15
「う〜ん……」

「塾で、楽しいときと、楽しくないときを考えてみようか?」

「そしたら算数が楽しくなくて、国語と社会と理科はけっこう楽しい」

「なるほどね。国語の授業が一番楽しいんだ。じゃあ、国語をやってる自分は何点くらいかな?」

「百点くらい」

「おぉ、やるじゃん! じゃあ、算数は?」

「算数は、四十点くらい」

「四十点くらいかぁ。じゃあ、算数の授業出なくていいって言われたら、ラッキーって感じ?」

「算数は、そういう感じかも。でも、塾には行きたい」

「じゃあ、最後、三番のおうち。おうちは、なんで三番なんだろ?」

「う〜ん……なんかぁ……なんだろ?」

「言いづらい? お母さんを前にして、ふふふふふ」

「べつに」

16、http://megalodon.jp/2010-0126-0117-59/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=16
「おうちにいる自分は何点?」

「う〜ん、やっぱり、四十点くらいかな?」

「おっ、塾で算数やってるときと同じかぁ、ふふふふふ、逆に、おうちのいいところは?」

「庭があるところ」

「お庭で遊んでるのが好き?」

「遊ぶっていうんじゃなくて、庭には温室があるし、ぼくが植えた植物もたくさんあるから」

「あぁ、タケハルくんは、植物が好きなんだぁ。じゃあ、お庭にいる自分は何点?」

「うん、まぁ百点くらいかな?」

「教育プランナー」が帰ったあとに、久しぶりに息子と二人で庭を歩いてみた。

息子が言う通り、庭にはわたしと息子が植えた植物がたくさんある。

引越してきたばかりのときに植えた柚子の木は、八年経ってようやく実が生る大きさに成長した。

ウッドデッキの脇に植えた蔓薔薇のポット苗も、今では二階の窓まで這いあがり、春になると、パーゴラの隙間から滝のように白く垂れ下がる。

三年前に、二人で穴を掘って植えた桜の苗も、いつの間にかわたしの背よりも高くなり、あと何年かしたら花を咲かせるはずだ。

17、http://megalodon.jp/2010-0126-0118-55/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=17
そして、庭のそこかしこに、小動物たちの墓がある。

ホシガメの飛雄馬と一徹の墓、セマルハコガメのマルコの墓、ケヅメリクガメのガリバーの墓、金魚、アブラハヤ、メダカ、ダルマプレコ、淡水エイの墓、墓、墓—。

いちばん新しいのは、文鳥の文七とお久の墓だ。

家にはなんの愛着もないのだが、庭には思い出を越えた執着のようなものがある。

わたしは、まだ息子には話していない。

鬱が酷かった四年間、ほとんど仕事ができなかったために収入が激減した。本来ならば、我が家は四年前に住宅ローンの未払いで銀行に差し押さえられ、競売物件になっているはずなのだが、ある友人がリスクを承知で住宅ローンを肩代わりしてくれていたのだ。

しかし、友人のほうにも事情があり、来年の四月までに五千万の借金を全額返済しなければならなくなった。

この家は、人手に渡るのだ。

わたしはものごころついたころから引越しが多かった。

東由多加と同棲していたときも、十五年間で七回の引越しをした。

引越すことは苦ではない。

本や家具を処分すれば、狭いアパートでも充分暮らしていけるだろう。

18、http://megalodon.jp/2010-0126-0119-45/g2.kodansha.co.jp/?p=3168&page=18
でも—、借家に動物を連れて行くことはできないのだ。

二ひきの犬と、八ぴきの猫には新しい飼い主を探してやらなければならないし、息子がサンタさんからの贈り物だと信じている水槽と、水槽の中の魚たちもアクアショップに引き取ってもらわなければならないだろう。それはそれで、身を切られるような思いだし、そう簡単にはいくまいという不安も大きい。

何よりも悲しいのは、「家族」で植えた庭木と、「家族」で埋めた小動物たちの墓と別れることだ。

息子は来年の四月には十歳になっている。

十歳のときに、わたしは「借家」から「マイホーム」へと引越し、息子は「マイホーム」から「借家」へと引越すわけだ。

あの庭のことは、今でもときどき思い出す。大家の家族が住む母屋と、わたしたち家族が住む離れは庭で隔てられていて、庭の真ん中には大きな柿の木があった。父は離れと隣家の生垣のあいだにあるひと一人やっと通れるくらいの隙間に、鳳仙花の種を蒔いた。夏になると赤、ピンク、白の花が咲き乱れ、わたしは花びらで爪を染めたり、種を指でつついて弾き飛ばしたりして遊んだ。

引越しの日に、父は鳳仙花との別れを惜しんで涙ぐんでいた。

「おうちのいいところは?」という質問に、「庭があるところ」と答えた息子に、この庭を去らなければならない、ということを伝えたら、いったいどんな顔をするだろうか—。
我が家の唯一の避難場所だった「ランヤ」は、店仕舞いしなければならないのだ。

あと五ヵ月で—。

[PR]
by office-nekonote | 2010-01-26 01:20 | | Comments(0)


たまちゃんの その日暮しの手帳


by office-nekonote

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ

全体
災害救助
うちの催し物
お勧め催し物
アディクション
AC
子どもたち
暴力
児童虐待
教育
発達障碍
メンタルヘルス
ジェンダー
CAP

映画・美術
その日暮し
政治経済
ねこまんま
ヘブンリー・ブルー2010
ヘブンリー・ブルー
ヘブンリー・ブルー2011
ゴーヤ2011
サブカルチャー
ネコマンガ
ほぼ今日のお言葉
DVの根絶のための掲示板の記録
虐待世代間連鎖の掲示板の記録
ねこまんま倶楽部の記録
貧困
未分類

以前の記事

2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
more...

お気に入りブログ

ウラゲツ☆ブログ
NANO-GRAPH BURO
『心の家出』
のんびりのびのび
ばーさんがじーさんに作る食卓
Cream's Blog
世界が変わる わたしのお...
毎日チクチク
AAセクシュアルマイノリティ
あるのすさび
アル中ララバイ
出会いの瞬 M...
猫の手通信・ニュースデータ
パンドラの希望を
marimo cafe
アルでHyde
アスペルガーな日常
アルでHydeの研究室
alNOVELS  遥か...
海王の散歩道
猫の手通信・お料理メモ
今日のスイーツ、なに?
猫の手通信・猫のカーテン
二郎の日記
月の満ち欠け
猫つぐら家のごはん日記
子猫の手通信
おひるねTIMES
リカバリー・ダイナミクス...
実時間 (what's ...
SAFER

最新のコメント

これはこれは長先生、先生..
by office-nekonote at 23:17
このたびはARASHIを..
by 長徹二 at 04:55
これは私の替わりに行った..
by office-nekonote at 14:44
上岡はるえのことを冷静に..
by あきこ at 02:42
お返事大変遅くなってごめ..
by office-nekonote at 23:02
( ̄ω ̄)ブヒヒッヒブヒ..
by black-board at 22:26
メッセージありがとうござ..
by office-nekonote at 14:34
たま猫さんのブログを読ん..
by 匿名 at 19:27
丁寧に説明してくださって..
by office-nekonote at 12:14
説明不足があったので、再..
by tojikomorianony at 07:54
アディクションとは体も精..
by tojikomorianony at 01:20
こちらこそよろしくお願い..
by office-nekonote at 23:26
今年もよろしくご指導お願..
by アポ at 13:54
アスペの上に人格障害が重..
by office-nekonote at 23:42
のえりん様、人格障害でも..
by office-nekonote at 22:06

検索

タグ

ブログパーツ

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

日々の出来事
メンタル

画像一覧