続・児童虐待 柳美里第 6回 PART2
続・児童虐待 柳美里第 6回
カウンセリング第二日 長谷川博一氏(臨床心理士)との対話
「自分がうまく生きられない理由」
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続・児童虐待 柳美里第 6回
カウンセリング第二日 長谷川博一氏(臨床心理士)との対話
「自分がうまく生きられない理由」
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カウンセリング第二日 長谷川博一氏(臨床心理士)との対話
「自分がうまく生きられない理由」
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続・児童虐待 柳美里第 6回
カウンセリング第二日 長谷川博一氏(臨床心理士)との対話
「自分がうまく生きられない理由」
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泣きじゃくる母親の記憶
柳 理想が、描けない……。
長谷川 じゃあ、お母さんのことで、今なにかエピソードが浮かぶ?
柳 先ほどお話しした大家さんの敷地内にある離れで暮らしていたころの話なんですけど、母が裸足で玄関から飛び出して、韓国語で「オンマー!」と叫んで、「オンマー」っていうのは、小さい子どもが母親を呼ぶ「ママ」みたいなニュアンスの幼児語なんですけど、「オンマー! オンマー!」って手放しで泣きじゃくってたんですよ。
長谷川 柳さんがいくつぐらいの時?
柳 えーと、小学一年ぐらいですかね……二年かな……。
長谷川 やっぱり、かわいそうだと思いましたか?
柳 いや、料理とか掃除とか、何かをやってる最中に、衝動的に飛び出しちゃったんで、あぁ、料理でしたね、まな板で野菜を刻んでる最中だったような気がします。やりかけのまま、外に飛び出したんですよ。びっくりして追いかけたんだけど、裸足だったし、泣いてたし、韓国語だったし……「ママ、どうしたの?」って声を掛けられるような雰囲気じゃなかったから、玄関の戸口で黙って見てましたね。かわいそうとか、怖いとかより、なんで泣いてるんだろうって……。
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長谷川 なんで泣いているのだろう? 自分の気持ちに向き合っていたのでなく、母親の行為を見ながら、その理由を考えていたのでしょうか?
柳 あのぅ、台所に立っている母の背中というのは、映像記憶として鮮明に残ってるんですけど、いつも、かなり思い詰めている様子なんですよ。それと対照的なのは、鏡台の前で下着姿で化粧をしている母の背中です。キャバレーのホステスになってからは、出勤前に三面鏡の前に座って化粧をするんですけど、私に背中を向けている母の顔が……本来だったら見えないはずの母の顔が……三つの角度から見えるじゃないですか……大仏みたいに頭中にカーラー巻いて、鏡に顔を近づけて、眉を描いたり、黒いアイラインを引いたり、真っ赤な口紅を塗ったり、いつも勝負服に着替える前の下着姿だったんですけど、下着も黒とか赤の毒々しい色なんですよ、レースでかなり透けてるし……怖かったですね、心ここにあらずという感じで、女の顔なんですよ。それでも、化粧をする母の背中より、料理をする母の背中のほうが怖かった。このひと、死のうとしてるんじゃないかってくらい、背中が緊張してるんですよ。包丁が怖かった。私というか、自分を刺すんじゃないかと思って……。
長谷川 これから仕事に出かけるっていう光景は、もう自分の母親じゃなくて、ホステスなんですね。最初から諦めがついている。だからその鮮明な光景を何も感じないで観察できる。対照的に、台所にいるときは母親をやっているわけで、子どもとしての期待が棄てきれない。そして母親を思う。だけど母親は娘がいないかのように作業に耽っているだけで、何の交流も生まれないんですね。その状況では、娘には自分の気持ちを体験する余裕なんてない。体だけそこにあるっていう感じの母親を見て、ほんとうに心を持ちながら生きているのかどうか不安になったのかもしれません。そして母親が包丁で自殺してしまう空想が生み出された……思い詰めてたっていうのは、返事がないことの理由づけ、合理化だったかもしれない……。
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返事がもらえないと死にたくなる
柳 でも、今、記憶に触れたというか、すごくおぼろげだから、正確ではないんですけどね、もっと小さいときに、幼稚園以前のときに、母の背中を目指して歩いて行って、「ねぇ、ママ、ねぇ」と呼びかけても、振り向いてくれないというか、かなり近い距離なのに、まったく聞こえていないかのように扱われることが多かったような気がします。とにかく、母は、いつも思い詰めてたんです。家を飛び出すか、子どものために我慢するか、死ぬか、生きるか……だから、いくらしつこく「ママ、ねぇ、ママ!」と話しかけても、母の耳には届かなかった、自分の思いでいっぱいだったんでしょうね。でも、無視されるのは辛かったですね。だから、私、しゃべりかけて、返事がないのって、駄目なんですよ。今までいっしょに暮らしたのは、東さんと、今の彼だけなんですけど、話しかけて返事がないと、激昂するか泣くか……メールや手紙を送って、返事がもらえないときも、ガッカリとか淋しいとかそういうレベルをいきなり飛び越えて、死にたくなる(笑)。
長谷川 まだそこで、「ちょっとうるさいから向こう行ってて!」とか「まとわりつくんじゃないの!」とかね、お母さんが反応していれば、違ってたと思うんですよ。これ、娘の存在をまるごと否認しているような感じですからね。これは典型的な心理的虐待と言っていいですね。今、娘はここにはいないんだ、と存在する子どもを存在しないかのように扱う。そういう扱いをすることによって、「おまえなんて産まなければよかったんだ」とか、「おまえなんて邪魔で不要な存在なんだ」というメッセージをストレートに伝えてしまうことになるんですよ。
子ども時代の柳美里さんは、大人になることを求められていた存在だった。お母さんのことを少し離れたところから観察して、「今なにが起きているんだろう」とか、「今は触らないでおいたほうがいい」とか、大人の頭で分析し判断する、そういう子どもになっていた。
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子どもらしい時間を生きていないんですね。だから、今こそ、子ども時代の生き直しに挑んでいる。
娘の存在を否認する母親がいた。それが原因となって、柳美里さんは自分の身に降りかかった出来事を秘密にしておくだけではなく、自分でも「言うに値しないことなんだ」「大したことではないんだ」と思うようになっていった。それが、やがて心の真実の否認に?がってしまう。ほんとうはだれかに聞いてほしかった感情、キャッチしてほしかった感情、生き生きと味わわれるべきだった感情、それを押し殺して、なかったことにしてきている。柳さんの心の内では、殺したはずの感情が悶絶し、混沌とした負の感情が心の壁にコールタールのようにへばりついている……。
こうストレートに言われてしまうと、ちょっと嫌な感じがしないですか?
柳 ……う〜ん……。
長谷川 だって私は、現実のお母さんを全面否定してるようなものですから。
柳 私も、小説やエッセイの中では否定的に書いているんですよ。でも、それはフィクションの中での否定だし、現実の中で否定されるのは……う〜ん……でも、母は若かったんですよ。
長谷川 う〜ん、それはお母さん側に立ったフォローですね。
柳 二十歳のときに見合い結婚をして、すぐに私ができちゃったので……それは小さいころに、よく言われてたんですよ。
長谷川 だれから言われた?
柳 母から。
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長谷川 なんて?
柳 まだ子どもなんて産みたくなかったのに、新婚旅行で妊娠しちゃったから、二十歳で母親になってしまったって……。
長谷川 で、柳さんの心はその言葉にどう反応したの?
柳 いや、かわいそうだな、と。
長谷川 それはお母さん側に立ったものでしょう? 子どもらしい素直な反応ではなくて、お母さん側の気持ちを代弁している。お母さんを擁護してるよ。その裏で、小さな美里ちゃんの気持ちは犠牲になってるんじゃない? そんな言葉を、子どもに免罪符のようにして使うお母さん、私は卑怯だと思う。かわいそうなひとじゃなくて、卑怯なひと。ズルイよ。自分の娘に、ほんとうはあなたなんて存在してないんだよ、と言ってるのと同然でしょ? じゃあ、私ってなに? たまたま、間違って生まれたの? 私は間違った存在なの? お母さん、じゃあ、どうして私なんか産んだの?
柳 はい。えーっと、中学……二年ぐらい、十四歳のころから学校に行けなくなったんです。学校に行くには坂道を上らないといけないんですけど、学校に近づくと涙が出てきて、動悸が速くなって、息ができなくなって、倒れる。何度か救急車で運ばれて、無期停学になって、学校に紹介してもらった精神科に母といっしょに通院して……でも、よくならなかったんですね、家出して海に飛び込んだり、手首を切ったり、マンションの屋上から飛び降りようとしているところを管理人に見つかって保護されたり……で、母と叔母に監視されて軟禁状態になったんですが、処方された抗鬱剤や睡眠薬をまとめ飲みして意識不明に陥って、救急車で運ばれて病院で胃洗浄されたり……もう、居場所がどこにもなくって、とにかく居たたまれなくて、自分が自分の中から押し出されるような感じがして……自分が自分の中にいることもできなくなったら、死ぬしかないじゃないですか……でも、死ぬこともできなかった……。
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長谷川 そのときに言った?
柳 「なんで、私を産んだの?」「私なんて、産まなきゃよかったのに!」って、繰り返し繰り返し訴えてましたね。母親も母親で、「自分がこの世に産み落としたんだから、自分がこの世から消す」「産んだ落とし前をつけてやる」「おまえを殺して、あたしも死んでやる」と、寝ているときに部屋にはいってきて首を絞められたり、だから、竹刀を立て掛けて戸が開かないようにしてたんですけど、外で二人きりで話し合おう、と騙されて夜中にバイクに乗せられて、埠頭からダイブされそうになったり……それで、十五のときに家を出たんです。あのまま家にいたら、殺されるか、殺すかっていう最悪の事態になってしまいそうだったから……。
長谷川 それを、柳さんご自身は、どう捉えていたんですか? 母親から酷いことをされている、という風には捉えなかったんですか?
柳 いや、私もかなり、悪かったですから。はっきり言って、グレてました。校則の全てに違反してました。違反するための違反ですね。酒、煙草、シンナー、万引き、言えないことや書けないことも含めて、自分を穢したり痛めつけたりできることだったら、手当たり次第なんでもやりましたね。だから、親にも学校にも、かなり迷惑をかけたんですよ。
長谷川 否認が強化されていく一つのパターンですね。私のほうにも原因があるんだから。私も悪いんだから、とね。でも、柳さんにとっては、思春期という時期をうまく利用した、それまでは出さなかった本音の精一杯の表現だったんですね。それを、お母さんにぶつけたってことは、ほんの僅かであったにしろ、期待は残ってたということになりますよね?
by office-nekonote
| 2010-02-10 00:16
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たまちゃんの その日暮しの手帳
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